ハクソーリッジを観て来た


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昨晩、ハクソーリッジを観て来た。

hacksawridge.jp

『ハクソー・リッジ』〜作品の舞台をご案内します〜 | 浦添市

評価;★★☆☆☆ 低め。

理由は宗教観が強すぎて、戦争映画として観に行った私としては肩透かしだった。戦闘シーンもいいとか宣伝されていたが、プライベートライアンやバンドオブ・・・には到底及ばず。パシフィックの日本との戦争、日本兵との戦いというのと比べると浅い。

では宗教観はというと素晴らしい。確固たる信念を持って、戦場という過酷な状況でもそれを貫こうとするその姿勢は人間として尊敬に値する。one more,one moreと助けていく姿勢も素晴らしいが、本当に戦場でその姿勢が貫けたのだろうかという疑問だけが残った。実話がベースでラストにはおきまりの本人たちのインタビューがある。それを観て聞く限り本当のようだ。しかし、途中の地下壕での行動などを観ていると興ざめをしてしまう。戦場ってこんなに生温いものなかと。もっと怖いところなのではないかと。

そう考えると実話として存在している、デズモンドの行動はとても信じられない行動だ。神のようだと思った。絶対に弾に当たらないという確信が得られた。そういう感覚を覚えてしまうと映画上のリアリティは消失し、後半の戦場シーンは興ざめだった。無論、メル・ギブソンは戦場の描写よりもラストシーンにも込められた、「宗教観」を表現したかったのだろうなと思った。そういう意味で私の志向とはずれた映画だった。戦争映画を観に行ったつもりだったので、プライベートライアンやバンドオブブラザーズ、パシフィックのようなリアリティを求めていた。

人として極限の状況においてもアイデンティティを失わない強さを持てる宗教という存在はすごいものがあるなと思った。

社会の一部としての宗教が人の生活に影響を与えるものとして宗教の存在は認めるが、私は無宗教無神論者なので、宗教は興味がない。よって、評価が下がっただけ。他の人はヒューマンニズムというエゴイズムに浸ることができるだろう。それが実話であっても映画で観てみたときにそのヒューマニズムの浅さに気づく。もう一歩、足りない映画だった。沖縄戦を観にいくと肩透かしを食らう。ありがちな英雄物語になってしまった。既に亡くなってしまっているがデズモンド本人はどう感じるのだろうか。

 

 

 

日本人が作れないものか。沖縄戦、硫黄島の戦い。残念だ。なんでもヒーローにして、大和とかゼロとか。最高につまらない。