責任は誰にある?


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認知症のある人を介護している家族には賠償責任はないと言う最高裁判決が出た。

では、誰に責任があるのだろうか。現実問題としてJRに経済的被害は出ている。

誰にその損失を請求すればいいのだろうか。家族に責任はあるが求めるのは酷と思う。

現行ではどこにも無いとしか言いようが無い。ではJRはどこに請求すればいいのか。

施設、病院に入っていて離院して事故にあったとするなら施設側にあるということになる。

その責任から逃れるために施設側は管理監督が厳しくなるか、重症患者は受けなくなるかのどちらかだろう。

しかし、現場責任者によほどの力が無い限り、施設経営的には受けないという選択肢は無い。

管理監督が厳しくなるということは正論でいけばスタッフを増やして目を行き届くようにするということになるわけだが、現在の財政では無理。

すると認知症患者などには拘束が「必要」になってくる可能性がある。人手が足りないから拘束するという現実。

給料を上げろとはいうがどこにそんな財源があるのか。

公務員を減らす?議員を減らす?足りないよね。そんなものでは。

保育士同様年間3400億円は最低でも必要。毎年3400億以上。どうやって財源を増やす?

www.komazaki.net

人手が足りるようにするためにはどうすればいいのか?財源の拡大ほか無い。

補助金、保険料を値上げするしか無い。すなわち介護保険料の値上げ、増税、利用料負担の値上げ。それに今の日本は耐えられるか。いや、やらねばならないはずだ。

しかし、目の前の負担増は有権者はいやがる。私も嫌だ。しかし、増税は免れない。

ここで負担増、増税に切り替えざるをえない状況になっているので、仕方なく投票、賛成するしか無い。

反対はできない。反対すればまた嫌な思いをしないといけない。アメリカのように個人保険に切り替えるほか無い。

日本は介護保険料を使わせないために在宅介護と謳っているようにしか聞こえない。

さて、前述のJRは被害負担を自社で賄うほか無いのだろうか。

国家から保証してもらえないのだろうか。無論税金が財源だけれど。じゃないとJRなど事故を被る側はたまったものでは無い。

コンビニに車が突っ込むのと構造は同じ。保険があるか無いかの違い。認知症患者が車を運転してコンビニに突っ込んで被害を出したらどうなるのか?

今回と同じ判決が出るのか?無保険だったら?保険会社が不払いになったら?

直結しないかもしれないが、例えば中小企業で営業車が認知症患者を高速道路で挽いてしまうなどの事故が続いて、自社負担(患者家族への賠償ではなく。修理代、巻き込んでしまった他の車に対してなど)が増え、会社が傾くとか出てきたら「保証」してくれるようになるかもしれない。

責任は国家=国民にある。

高齢化社会から超・超高齢化社会を迎えるにあたって、高負担するしかないのだが、少子化、人口減の中、給料が増えないので負担に私たちが耐えられるかどうか。

社会という枠組みで生きる限り負担からは逃れられない。それとも社会から外れて生きるか。

コミュティで見守ろうなんて幻想は諦めたほうがいい。地域、コミュティ、いい響きだよね。

老後はお金を持っている人が楽できると現在は決定している。

若者は今を楽しむべきでは無い。老後の介護生活のためにお金を貯めるほか無いと思える。

今も楽しんで老後も楽しむ何て難しい話なんだろう。

せめて今を楽しみたいよね。老後は諦めようか。

人生を楽しむって何だろう。

超高齢社会の基礎知識 (講談社現代新書)

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2050年 超高齢社会のコミュニティ構想

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